時間に追われていたある日、急いで昼食を済ませるために、立ち食いそば屋に駆け込んだ。注文したそばを一口食べて、不意に以前訪れたそば屋を思い出した。出張で長野に行った際に食べたそばが頭に浮かんできたのである。
「うまいそばが食べたい」。心はその思いに支配されてしまった。
そして次の週末、朝から新幹線に乗り、長野駅に降り立った。店のある場所は善光寺(ぜんこうじ)の近く、駅から30分ほどの距離だ。少しでもおいしくそばを食べたいという思いから、駅からの道を歩いて行くことにした。
善光寺を参拝し、参道からわき道に入り、目的のそば屋へ。地元の人でにぎわう小さな店だ。創業は明治時代というが、飾ったところがない気さくな雰囲気の中で、香り高いそばののど越しを存分に楽しんだ。
食後にそば湯を飲みながら、店内に居合わせた地元のご夫婦に、「あまり観光客が行かない場所はないですか」と聞いてみた。
いろいろな場所の名前をあげるご夫婦の話を聞いていると、また別の女性客が「そういえば、童謡『夕焼小焼』の舞台になったお寺さんがあったわね」と話に加わる。「ああ、往生寺(おうじょうじ)か。あそこなら眺めもいいな」。
「夕焼小焼」に興味を持ったわけではないが、高台から市街地を見下ろすのも面白いかもしれないと思い、その寺に行ってみることにした。
歩いて20分ほどと聞いていたが、住宅地から続く坂道はかなり険しい。軽く汗ばみながら坂道を登りきったところに、往生寺があった。木々に囲まれた境内を散策していると「夕焼小焼」の歌碑を見つけた。作曲家の草川信(くさかわしん)が、この寺の夕暮れをイメージして作曲したという。
境内奥の階段を上ると、見晴らしの良い場所に出た。市街地ばかりか、広大な善光寺平が一望でき、さらにその先には志賀高原の山々が壁のようにそびえたっているのが見えた。眺望を満喫していると、"ピーヒョロヒョロヒョロ"とけたたましい鳴き声に驚かされた。眼下で鳶(とび)が弧を描いて滑空していた。
そろそろ陽が傾きはじめ、市街へ戻る坂道を下っていると、知らず知らずのうちに「夕焼小焼」を口ずさんでいることに気が付いた。
●往生寺へのアクセス(善光寺経由)
長野駅→川中島バス:約15分(徒歩:約30分)→善光寺大門
善光寺→徒歩:約20分→往生寺
第5回 信州そばと童謡の里〜長野市から中野市を訪ねる(前編)



